キーボードのカチカチとなる音がまるで、演奏しているように聞こえる。
きっと俺とは違って、営業相手への投げかけ方や、効果的な文面がちゃんと見えているんだろう。
──本当に凄いな、見た目は遊んでる感じのホスト風の外見をしているのに……。
仕事は誰よりも真面目で丁寧で、外見とのギャップにいつも驚いてしまうが。
そんな『偏見的な目で』相手を見ている場合ではないぐらい、今はこの会社始まっての風変わりな天才営業マンに助けられている。
──そう何故なら、俺のある仕事のミスによって。
本来だったら今月は黒字になる予定だったのを、怖ろしく震えるほどの赤字に変えてしまったのだ。
正直言えば今年始まって以来のやらかしで、この件が発覚した時余りの恐ろしさで吐き気が止まらなくなったし、この仕事を辞めようかと決意して。
ある意味問題から逃げようとしたぐらいだったが、そんな哀れで可哀想な俺に手を差し伸べてくれたのが……。
今隣でひたすら赤字を黒字に変えようと、ひたすら仕事をとってきては取引先を増やしてくれている、この会社のヒーローである彩芽君は。楽しげな笑みを浮かべつつ、前髪をさわりながらこう俺に言葉をかける。
「暗ちゃん、あと一件で今月は黒字に戻るから。これで安心だね」
「えっ……!? ほ、本当ですか!! あ、有り難うございます。助かりました、ほ、ほんとこのご恩はなにをすれば……」
「ちょっと、ウケんだけど。そんな風にしなくてぇ良いって。困った時はお互い様だろう? それに俺ら同期だし」
同期だからと彼はそう言うが、俺以外の同期が困ってる時は素知らぬフリをして見なかった事にしている彼の『悪い所』をちゃんと知っているので。
「同期って言いつつ、俺以外の同期は助けないですよね?」
「……うん、助けないよ。だって助けなくても、自分で何とか出来る人達だし、逆に助けると……後々めんどくさいもん、俺を利用しようとしてさ」
満面な笑みを浮かべて、毒を吐くこの天才は。
何故だか分からないが能力があまりないこの俺を、えらく気に入っているみたいで。
──こういった危機的状況の時には、必ず助けに来て。
『おい、また彩芽に助けられたな。次も気をつけろよ』と周りの同僚に言われるまでがセットになってきた。
(いやそこまでセットになるのは正直良くない、良くないけど……。)
こんな風に助けられ続けると、苦手な陽キャじみた格好の彼に。
ドキドキとした感情を抱いてしまう、だって格好は好みではないけど、顔はイケメンだし。正直営業マンよりかは芸能界とかに行った方が良い容姿をしているから、面食いな俺は彼に恋をしてしまう。
「身の程を知れってか、ほんとそれな……」
思わず口からぼやくように、思っていることを吐き出せば。
「身の程ってなに? 何か気に障ることしたかな」
「いえ、それはないよ。うんないない、ないから」
そう首を赤べこ並に振りながら、ざわつく心を振り払い。
──目の前の仕事へ専念するべく、意識を集中させた。
「あっという間に定時か、いや……ほんと残業しなくて良い状況にまで回復して、奇跡な一日だったな」
「奇跡って大げさだな、でも営業先がさくさくと決まって、超絶ラッキーには違いねぇけどね。俺でもここまで上手くいったの初めてなんだな」
「彩芽君みたいなイケイケな人でも、今日は凄い日だったの?」
定時と同時に、二人仲良く退社っという訳ではなく偶々タイミングが被ったので、駅までの帰り道にそんな話を彼に振れば。
道行く人の視線を一身に集めてしまうような、きらきらとした表情と声音で。
「うんそうなんだよ、だってさ暗ちゃんの為に格好いいところ見せちゃおうかなって、感じで本気出してみたシリーズ的な」
そう鮮やかな花が咲いたように、アイドルと見間違うほどの笑みを俺に向けてくるので。
──おい、いい加減にしろ。いやしてください!!
イケメンが気安く笑いかけないで、オタク系の俺は死んでしまいます。
「ひゃっ……まぶっしい、そんなアイドルスマイルやめた方が良いよ。好きになっちゃう、イケメンすぎて……推しになっちゃう」
「あははは、好きになってくれたら良い。だってそう言うつもりで笑いかけてんだからさ」
あわあわと照れながら答える俺に彩芽君はにっこりと、ラブラドールレトリバーを彷彿とさせる笑みを浮かべて。
「ほんとおもしれぇ人、そして普通で良いよね。憧れちゃう、俺じゃなれない、演じきれない。暗さんって本当に凄いと思うよ」と明るいテンションからオクターブが下がっていくように。
ローテンションで、落ち着いた声音で低く冷たく言葉を咲かせるので。
「えっ……どうしたの? 急に雰囲気が変わって、そんな風なクール系じゃないよね?」
「別にどうもしてないですよ、こっちの俺を見せるのは……初めてなだけで。いえ、正確に言えば本当の俺はこちらなので、これから一緒に頑張って行く為に貴方にだけ見せているだけですが? こちらの俺は嫌でしたでしょうか?」
「いや、うんそんなことないよ。というか、凄く真面目そうで仕事出来そうだなって思ったぐらい」
なんて嘘『めちゃくちゃ違う人すぎて、正直怖くてビビってます!!』なんて口にだしたら、何をされるか分かんない雰囲気を醸し出して居る彼に脳内だけでノリツッコミをして、この流れをやりすごそうと頑張って笑みを見せれば。
彩芽君はほっとした表情で、
「なら良かったです。こちらの俺を見せると大抵の人が怖がって逃げてしまうので。貴方もそうならなくて、本当に嬉しく思う」
などと答えるので、明日から俺はこの二面性ある彼と。
ちゃんとうまくやっていけるのかだけ心配に思いながら、駅の改札の前で。
「じゃあまた明日」と言って、彩芽君と別れ……。
無事我が家へと帰宅するのだった。