凍てつくような寒さが身に沁みる……。
今の季節は夏だというのに、どうして俺はそう感じているのかという事を。
唯々疑問に思いながら、閉じていた青い瞳を猫のように大きく開ければ。
なんとそこには、錆びた鉄の壁と明らかに血だと思われるものが大量に染み込んだ床があって……。
俺はその光景を見た瞬間、また何かの事件に巻き込まれたと思い…。
咄嗟に、焦げ茶色のズボンにいつでも使えるようにしている拳銃を、義手ではない手で掴もうとしたら。
そこには、何もなくて……。
俺は思わず。
「嘘だろう、銃を盗られた……」とそう悪態を吐いてから、床からゆっくり起き上がり。
この部屋からの脱出を試みようとした瞬間、普通の人間だったら出せない程のスピードで、黒手袋をしている義手の手を誰かに引っ張られてしまったので……。
俺はにゃっという情けない声をあげながら、俺を勢いよくひっぱた相手の胸に飛び込むようにぶつかれば。
そんな俺の行動が嬉しかったのかは分からないが、気味が悪いほど愛おしそうな声で。
「危ないよ……ちゃんと気をつけないと、死んじゃうよ」と身長が2mぐらいある金のような銀色の髪を短くした、赤と紫のミステリアスでどこか優しく、そして狂気がやどった瞳をもつ。
この世界で見たこともないぐらい、美しくてカッコイイ青年がそう俺の耳元で囁くので。
俺は訳も分からず、その声に聞き惚れてしまい。
獣の耳のようにはねた黒の髪を、その相手の胸に擦りつけるような不思議な行動をしてしまったので。
(俺……何してんだよ、猫みたいな事して……)と心の中でそう自分の行動にツッコミをいれながら。
俺をある意味抱きしめている青年に、強気な態度で。
「危ないよってなんだよ!! つうか、アンタのが危ないじゃねぇか!!」と叫べば。
「……でも、君は死なずにすんだよ。ほらみて、アレが僕がいなければたどっていた君の末路だよ」
男はそう言って、俺がさっきまで居た場所を指し示すと。
なんとそこには、無数の大きな棘が天井から地面まで伸びていたので。
俺はその光景を見て、あまりの惨状に全身から冷や汗をかきながら。
(あそこに居たら、間違いなく棘にこの身をつらぬかれて絶命していただろう……)
そう心の中で呟きながら、助けてくれた彼に。
「助けてくれてありがとう、アンタは俺の命の恩人だ。だからアンタには君って呼ばれたくねぇから、俺の名前教えるよ……俺はヴィクトル・ライサ」
「……ヴィクトル?それが君の本当の名前なのかな…。だって君のようにこの世界で最も珍しい黒髪蒼目なら、蜻蛉とかそういう感じの名前だと思うんだけど」
「なっ…なんだよ、ヴィクトルで悪りぃかよ…だって俺、記憶がないんだから仕方がないんだよ」
俺は言われた相手に、威嚇するような声音で言い放ってから。
ぷいっとそっぽを向いて、命を助けてくれたけど『こいつも、俺に酷くて怖くて恐ろしい事を、アイツらみたいにしてくるんじゃないか』とそう、この世界のありとあらゆる人間から、言われも意味も分からずに、嫌われ、罵倒され、挙げ句の果てに危害を加えられる日々を、毎日繰り返し味わいつづけて居るからこそ。
こんな失礼な態度を見せて、この人物がどう出てくるのかを、猫が獲物を狙うかのように、じっと伺うように見つめれば。
「あっ……ごめんね。気をさわる事を言ったね。そうなんだ、記憶がないなんて……それはすごく辛い事だ。本当にデリカシーがなくて、ごめんね」
「いやっ……そこまで、謝らなくてもいいっての、俺の方こそごめんなさい、命を助けてくれたのに。こんな恩知らずで」
「恩知らずだなんて、そんな事言わないでよ。僕は君に対して、そんな事思わないよ? だってこんなに世界で一番愛らしくて、可愛い小さな子猫が。頑張ってみゅーみゅーと強がってるだけなのに、腹を立てる程僕は終わってないから……」
男は大好きなものを見るような、暖かくて、キラキラとした瞳と柔和な笑みを浮かべて。
とろける程甘くて、優しい声で……。
──この俺を、全肯定してくれるので。
ころっと騙されてはいけないと思いながらも、彼の言葉は絶対に信用出来る、いや、例えそれが嘘であっても……信じなければいけないと。
自分の事なのに、思いが二つあって。訳がわかない気持ちに揺れ起こされて。
「ああもう、何だよ。アンタって本当変わってる人だな。とう言うか!? ここまで話しておきながら。名前聞くの忘れてた!! 俺ってほんと……恥しらずだ」
「えっ……名前、ああっ!? ごめん、僕の方こそごめんねだよ。そうか僕の名前、知らないよね。ましては今の名前なんか、尚更しらないよね……」
「……?」
「ああ、今のは気にしないで。唯の言葉の文だから。さてと気を取り直して、僕はアレクセイ・R・ルスタモワ。この場所と、この辺りを全て管理してる者さ」
アレクセイはそう言いながら、ようやく俺から離れるかのように、抱きしめてくれていた手を離して。
後ろに一歩さがるので、俺はその温もりに少しだけ寂しさを感じながらも。
彼が言った『この場所と、この辺りを全てを管理してる』と言う発言に、疑うような声音で小さく「まさか、アレクセイが……俺をこの場所に誘拐したのか?」と呟けば。
「はぁっ!? 誰がそんな事する!! ましてや、君を!! ありえないね、大体もしそうだったと仮定しても……ヴィクトルを見かけた瞬間、ぎゅっと抱きしめて僕の屋敷にご招待か、近くにある綺麗で美味しいレストランに連れて行って、一晩中君が楽しくて、幸せになる事しかしないっての!!」