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「さてと、ここ迄逃げればもう大丈夫かな」

「お、おう。だと……思う、だからその……えっと……」

そうお姫様抱っこをされたままの状態で、俺は小さくモゴモゴと気まずいような声音で答えれば。

「……そろそろ降ろして、欲しい感じかな?」と、廃墟が豆粒サイズにしか見えない辺りまで走ってきた人物とは思えないぐらい、息の乱れも疲れも、全く感じていないような穏やかな声で、甘く小さな子猫に話かけるように言うので。

「なっ……ちがっ……!?」

「えっ!? じゃあ、降ろさなくても良い? そうか……僕的には、それの方が嬉しいから助かるよ」

「ちょっ…違う、降ろせ!! いやっ……その降ろしてください。これ以上されたら、俺暴れるかもしれないから」

俺はアレクセイの解答に、ずっとドキドキと高鳴る恐怖からなのか、それとも別の感情からなのかは分からない胸の苦しみに。

 これ以上はもう耐えられないのを感じて、訳も分からず命の恩人でもある彼を、義手の右手で殴りだす前にそう告げれば。

「……君に暴れられるのは、流石にちょっと困るから。分かった、じゃあ此処に降ろすね」

アレクセイは目を一瞬大きく見開いてから、名残惜しそうな声でそう言ってから。

──鮮やかに生い茂る芝生だと思われる場所に、俺を優しく降ろしてくれ他ので……。

「ありがとう、何度も言うけどさ……本当に有難う」

「どう致しまして、お礼なら……この件が全て終わってからで良いよ?」

「そうだな……この件が終わってからだな、というかその、アレクセイさんも巻き込んでしまってごめんなさい」

「急にどうしたの? 僕のことはアレクセイで良いよ? そう畏まらなくて良いし、それに僕。この辺りで『こんな事』されたら、何があっても対処しないといけない身分なんで。だから気にしないで……むしろ、君さえ良ければ一緒に解決しない?」

アレクセイは良いことを考えたようなニュアンスで、そう提案してくるので。

俺はこの問いかけに『こいつ、此処までしてくれたけど……本当は、俺を誘拐したやつじゃね!?』と、一瞬疑ったが。

さっきのガチトーンで、びっくりするぐらいマジギレしてきた事を思い出して……。

「なっ……もう、俺にそれ言うのかよ。勿論当然だろう。だって……俺は……」

「??」

「まだまだ経験不足だけども、一応探偵だから。アレクセイが依頼してくれたら協力するぜ」

そう彼の返答に、自分のやっている職についてを、カッコつけて言い放てば……。

「君が探偵……? そうなんだね。そうか、じゃあ僕は君の依頼主になろう……そして、君さえ良ければ君の助手になっても良いかな。だって君危なさそうだから、僕が君の手と足となって何でもかんでもしてあげるし、護ってみせるから」とアレクセイは『絶対にYES』と言わせるような口調と態度で、俺に強く願うように言い返すので。

「護ってみせるって、アンタが俺を護るのか? 何だか不思議な感じするけど……。いいぜ、これから依頼主兼助手としてよろしくな」と強く答えるように、言い放ちながら。

──普段だったら絶対にする、相手と直接触れたくない為にする義手側での握手を。

彼にだけは、何があってもしたくないとそう思ったので……。

生身の腕である左手で、人と触れる恐怖と戦いながら。

自分の意思で彼の方に差し出せば。

アレクセイはそれに笑って答えながら、両手でぎゅっと握り返してきてくれたので。

俺はそれに対して、照れ臭さそうにしながら。

ぷいとそっぽを向いて、彼の視線から逃げ出してから。

「……じゃあ、話も落ち着いたし。一旦街に戻らないか? 流石にここで野宿は勘弁」

「そうだね、君との初夜を野宿で迎えるのは僕も勘弁だよ」

「はっ……お前っ……何言ってんだよ、すごい冗談言うなよな!!」

「別に冗談なんか言ってはいない……って嘘だよ、びっくりしたかな?」

アレクセイは嘘か本気か分からない表情と、態度でそう言い放つので。

「ああ、びっくりしたね。というか初対面に近いけどさ。アレクセイって何考えてるかわかんない?とか よく言われてるだろう」

「さあね……。どうなのかな? 興味なさすぎて分からないや……と言う話はもうここでおしまいにしようか、君とずっとここで話てたい気持ちもあるけど、薄暮から半夜までずっと、ずっとここに居るのは流石にヴィクトルは嫌だよね?」

「当たり前だろう、半夜まで居たくねぇっての!!」

俺はそう強く『当然だろう』と言い切るように言い放ちながら、町の方に向かって歩き出しているアレクセイの後ろに、ピッタリとくっついて……。

ガス灯と電気の光で輝く、金属と石造りの街並みが何処か懐古的であり何処か近未来に感じる街へ。

俺達は気持ち急ぎながらも、取り留めのないどうでも良い話をしながら向かうのだった……。

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「アレクセイあのさ、その……ちょっとここで止まってくれ」

俺はそう少し言いにくそうな声音で言い放ちながら、森から街に入ることが出来る入り口の門の前で立ち止まって。

──自分より先を歩く彼の歩みを、止めようとすれば。

「どうしたのヴィクトル? 街まであと少しなのに……何かあるの、それともこの町に何かあったの?」

「イヤ、別にこの町には何にもまだねぇっての……というか、初めて来るし!! だからこそ、その……俺が泊まれる宿あるのかなって……。だってさ俺この見た目だから、町によってはどの宿にも出禁になったりするからさ、そうだから……もし駄目だったらアンタだけでも良いから宿で寝て欲しい」

「ヴィクトル、ああ、もうヴィクトルっ……そんなに心配しなくても大丈夫だよ。可愛い君を追い出そうとする奴なんか、此処には居ないさ。だってここは今の僕が管理する地なんだから」

不安がる俺の気持ちを打ち消そうとするかのような声音で、アレクセイはそう優しく囁くように答えてから。

俺の手をぎゅっと掴んで、引っ張りながら……。
俺を強引に、町の中に連れて言って。

見たこともない程豪華であり、そして歴史のある明らかに見て分かるぐらいの……。

お高そうな高級なホテルに向かって行くので、思わず俺は。

「待って、アレクセイ!! 駄目だって!! 絶対に出禁にされるからっ!?」

「はいはい、そう騒がない。五月蝿い子は此処ではマナー違反だから、気をつけて」

「なっ……そんな事言われても、俺こんなランクのホテル来た事ないから。無茶言うなよな!!」

そう俺はお風呂に入れられる猫のような声をあげながら、高級ホテルのエントランスを潜るのだった……。